サッカー日本代表

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■日本代表という選択肢

 サッカーをあまり知らなくても、日本代表なら知っている、という人は多いです。実際に、本田選手、長谷部選手、香川選手、長友選手などはメディアで取り上げられる機会も多く、サッカーを全く知らない人にも知名度があります。
 ですので、サッカーはまあ、好きでも嫌いでもないけど、日本代表の試合の時は盛り上がる、という人たちがたくさんいます。
 サッカーファンからは、「ミーハー」と呼ばれてしまう人たちですね。
 ともすれば、否定的な文脈で語られることが多いのですが、サッカー観戦を、感情の共有、そして祝祭の空間であることを考えると、この現象にも納得がいきます。
 日本代表は、まさにこの「国」の代表ですので、より多くの人と感情の共有ができます。そして、より多くの人と感情の共有ができればできるほど、「祭り」の規模が大きくなります。
 つまり、渋谷のスクランブル交差点でハイタッチを繰り返すことは、「祭り」なのです。
 日常の観点から見れば、「祭り」なんて迷惑極まりないものです。花火大会は騒音がひどいでしょうし、みこしを担いだら交通網がマヒします。
 日本代表と、それに伴う「祭り」に眉をひそめる人たちは、日常の観点からそれを見ている人たちです。
 そして、「祭り」は、そもそも非日常であることがその本質ですので、本質的に視点がずれているのです。
 さらに言えば、「祭り」の醍醐味は、コントロールされていないことにあります。コントロールされていないからこそ、非日常なのです。
 私たちは、退屈な日常に対し、非日常に触れることで精神的にリフレッシュできます。
 そう考えると、ミーハー的に日本代表の試合を観戦し、その「祭り」に参加することは、非常に有効なことと言えます。
 たしかに、サッカーに対し、競技的な知識と見識をもって臨む人が増えれば、それに越したことはありません。ですが、それはともすれば、狭く深い見方になり、万人に共通するものではありません。
 一年の中にある、祭りのひとつとして、日本代表を選択肢に持つことは、むしろ人生を豊かにする、と言ってもいいでしょう。